鈴鹿市安塚町の米生産直売「スズカトラクター」は、江戸時代から続く米農家13代目の祖父孝一さん(84)が、昭和58年に創業。祖母和子さん(83)と農業経験者数人で、トラクターや田植機、コンバインなどの農耕機械を使った米作りに加え、農繁期には近隣をはじめ愛知県の農家の作業を請け負ってきた。
父正彦さん(58)の代には、農家の後継者不足による休耕田の増加などで、受託件数はそれまでの10倍以上となる約30ヘクタールになった。平成30年、農協や卸業者向けの出荷から生産者の顔が見える直売方式に転換した。三重のブランド米や、顧客のニーズに合わせたオリジナル米などを生産直売して各地にファンを増やしている。
大粒でもっちり、冷めてもおいしい三重のブランド米「結びの神」をはじめ、和みリゾット、ミルキークイーン、コシヒカリ、きぬむすめなど9種類の米を年間約180トン生産直売している。「ご飯嫌いだった子がおにぎりを作ってと言うようになった」「お弁当のご飯がおいしくなったと家族に大好評」と喜ばれている。
寿司職人は「結びの神は地産のネタをより引き立ててくれる」、イタリアンのシェフは「和みリゾットはべたつかず、煮崩れもせず最高」と感想を寄せている。
鈴鹿市で2人兄弟の長男として生まれた。内気な性格で、幼少時から人前に出るのが苦手だった。四日市市の工業高校に進学したが、クラスになじめず中退。本田技研の下請け企業でのライン作業やとび職などの仕事を経験する内、人と交流することが好きになった。
両親から「農業は休みがなく、大変な仕事だから継がなくていい」と言われながら育ってきたが、母から「おじいちゃんがけがをしたので手を貸してほしい」と連絡があり、24歳から家業を手伝うようになった。
けがが癒えた祖父や父に、育苗や代かき作業、田植機・稲刈り機の操作などの全ての工程を教わり、少しずつ米作りの奥深さを感じるようになった。「機械の運転がうまくなったな」―。祖父に初めて褒められた時の喜びが、もっと上手になりたいという意欲につながり、良質米作りのための勉強にも励んだ。
農協などへの出荷作業で仕事が終了することに、これでいいのかという漠然とした思いを抱いていた時、「生産者の顔が見える直売方式にしたら」と、妻紀子さん(30)が提案してくれた。縦約5メートル、横約7メートルの倉庫のシャッターを看板に見立て、中央に「米」、左右に「作ってます」「売ってます」と書いて直売を始めた。巨大看板に目を奪われて来店客が増え、リピーターらの口コミで市外からも注文が殺到するようになった。
ホテルや結婚式場、飲食店などに用途に応じた米を試食してもらい、米にこだわりを持つ寿司職人や洋食シェフにも「この米を使いたい」と支持されるようになった。平成29、30年と、県から「全国こだわり米推進プロジェクト」に2年連続で参加。三重のブランド米「結びの神」をPRし、お米マイスター資格を持つ各地の米穀商との取引もスタートした。
妻は2歳の長男丈慈さんの子育ての傍ら、パエリアやリゾットなどの米料理のレシピをインターネットで発信、パンフレット作りやおしゃれな贈答用米「食べ比べセット」などのアイデアで仕事を支えている。「女性ならではの感性で、米作りの可能性を大きく広げてくれた妻に感謝。愛する妻と、日々成長する息子の笑顔が仕事への原動力です」と話す。
「お客様の生の声に達成感を感じ、米作りへの情熱がより一層かき立てられる。支えてくれる方々や家族に感謝の気持ちを忘れず、次世代を担う若者に、一生の仕事としてやりがいのある農業を伝えていきたい」と語った。
略歴: 昭和58年生まれ。平成29年米食味鑑定士資格取得。令和2年「結びの神」が「令和元年度・炊飯、米飯商品米国際コンテスト」最高賞特Aランク称号受賞。