-常に感謝を忘れずに 新しいことに挑戦したい- 「三重促成」社長 平子郁夫さん

【「常に感謝の気持ちを忘れず、新しいことに挑戦していきたい」と話す平子さん=四日市市河原田町で】

 四日市市河原田町の北勢地方卸売市場内の青果仲卸会社「三重促成」は福村伊久雄さん(68)が昭和53年同市場発足と同時に創業した。平成15年、会長に退いた福村さんから経営を引き継いだ。

 創業時は北勢地域の荷受2社から仕入れ、仕分けして青果商卸と量販店への納品が中心だったが、20年ほど前からは他県の荷受会社との取引も始めた。現在は全国各地の生産者からの直接買い受けが増加し、チェーン展開する量販店への販売強化で愛知・岐阜・奈良・滋賀県にも販路を拡大し、業績を伸ばしている。

 鈴鹿市で7人きょうだいの4男として生まれた。農協職員で兼業農家だった父親は礼儀作法に厳しかったが、末っ子のせいか叱られた記憶がない。今でも2年に一度、兄姉らが集う席で皆が口をそろえ「お前は怒られたことがない」「お前だけ何でも買ってもらえた」と言われる。

 勉強は苦手だったが、持ち前の明るい性格で人気があり、国府小6年の時は児童会長を務めた。平田野中ではバレーボールに打ち込み、セッターとして1年生の秋には県大会で準優勝、3年の時は東海大会に進んだ。進学した亀山高校では兄が所属していたウエイトリフティング部に入部。2年目の県大会で1位に輝いた。

 卒業後は父が長年勤務していた鈴鹿農協に就職した。研修を受けて配属された職場で「親の七光り」と先輩職員に言われ衝撃を受け、即退職。兄が経営する寿司店でアルバイトを始めた。兄と鮮魚の仕入れに行った北勢市場で三重促成で働く中学時代の友人と再会し、友人の紹介で市場内の青果仲卸会社で働くようになった。

 2年後、三重促成に入社して果物の仕入れと販売を担当するようになった。当時、柑橘類などは大袋か箱売りだったが、核家族化で少人数の家庭が増えたため、徐々に少量パックやばら売りが主流に。取引高が減少傾向にあったが、他県に進出して売り上げを伸ばしてきた。

 前社長から後継者として会社を任された後は、創業からの経営理念「変革」を引き継ぎ、社員65人と共に掲げた「感謝」や「地物一番」の年間スローガンの下、業務に当たっている。会社への要望も気軽に言える風通しの良い職場づくりに配慮している。

 一人息子の勇介さん(34)が自立した後は、妻由美子さん(55)と愛犬「凛」と暮している。散歩も餌の世話も自分がするのに、同時に呼ぶと迷わず妻の方に駆け寄る凛に少し不満はあるが、心からくつろげる場所だと話す。

 営業や総務、業務、外食事業部などに加え、仲卸業者としては画期的な野菜栽培をするしあわせ事業部を5年前に新設。時代のニーズに応え、安心安全な野菜生産から、加工、販売までを手掛ける6次産業化を目指している。「顧客と社員あっての会社。常に感謝の気持ちを忘れず、新しいことに挑戦していきたい」と語った。

略歴: 昭和35年、鈴鹿市生まれ。同53年、県立亀山高校卒。同58年、三重促成に入社し、平成15年に社長就任。