鈴鹿市寺家4丁目の中村特殊印刷工業は、印刷業務全般のほか、グラフィックデザインやホームページ作成などをしている。
「子どものころは毎年、海水浴シーズンになると鼓ヶ浦海岸の海水浴場に、大勢の海水浴客がやってきた」と懐かしそうに振り返る。「海水浴客のために、臨時列車が止まった」と話すほど、当時は随分にぎわいを見せていたという。
中学2年の時、近くの釜屋川でフナ釣りをしていたところ、カップルに釣りざおを貸してほしいと頼まれた。好意で貸したら「お礼に」と帰り際に100円をもらった
この時、「『商売とはこういうものか』とひらめいた」という。父親が洋服の仕立て業をしており、自身も「ゆくゆくは何か商売がしたい」という思いが小さいころから強かった。
早速、手書きの看板を作り、小遣いを投資し、何本か釣りざおを購入。海水浴客を見込んで、30分25円で釣りざおの貸し出しを始めた。その商売が大当たりし、たちまち行列ができるほどの人気になったという。「当時の新聞に、写真入りで掲載されたこともある」と、少し誇らしげに笑う。「電車の時間や天気などの状況をみて、餌の仕入れを考えたりした」
中学卒業後は「早く技術を身に付けたい」と、県印刷工芸学校で3年間、印刷技術を学んだ。卒業後は、多くの仲間たちが印刷屋に就職する中、「印刷の仕事だけを覚えるのではなく、印刷業界全般について多岐にわたって学びたい」との思いから、印刷機械メーカーに就職。10年間、営業や操作の指導などを経験した。
入社時から「10年で独立する」と決めており、28歳で中村特殊印刷工業を立ち上げた。設立当時は、箔(はく)押し加工をする会社が県内にあまりなかったことから、社名に「特殊」を入れた。
起業後は「オンリーワンの会社」を目指し、顧客のニーズに合わせることを第1に考えながら、事業を拡大してきた。少数精鋭で「よそより早く、よい物を」との思いでここまできた。「周りのおかげで、努力が認められた」と感謝する。
「今後は、ウェブと合体した仕事など、時代に沿った事業を展開していきたい」と、仕事への尽きない熱い思いを語る。
気分転換に、月3、4回、付き合いも兼ねたゴルフを楽しむ。打ちっ放しでの練習も欠かさない。
まだ当分、時間的な余裕はないが「時間ができたら旅行に行きたい。温泉でゆっくりしたい」と思いをめぐらせた。
略歴:昭和23年生まれ。鈴鹿市出身。昭和52年中村特殊印刷工業設立、代表取締役就任。