皆様に安心安全を ―損害保険ジャパン三重支店長 日本損害保険協会三重損保会会長 穴山将広さん

【「安心安全を提供できるよう努力したい」と展望を語る穴山さん=津市栄町で】

令和3年4月より、津市の損害保険ジャパン三重支店長に就任。また、令和4年6月より愛知、岐阜、静岡、三重を管轄する日本損害保険協会中部支部の三重県会長を務めている。

小学校では少年野球、中学高校はバスケットボールと、チームスポーツに明け暮れていたという穴山さん。「節目節目で親身になってくれた教師や監督、コーチのみなさんが恩師だと思っています」と当時を振り返る。現在は高校3年の長男が小学校1年の時から10年以上、少年野球のコーチとして活動していた経験も持つ。

就職活動の際、父親が経営する電気工事業を継ぐかどうかで葛藤があり、「自分の中でやるだけやってみて結論を出そう」という思いから、夜間訓練学校に半年間通い電気工事の資格を取得。その後改めて本当に自分がやりたいことは何かを考え、「人と接すること」を重視する営業職を選択。無形商品を取り扱う保険営業は「その人が持つ魅力や人間力で勝負ができる」と感じ平成7年に旧日本火災海上(現損害保険ジャパン)に就職した。

入社後、東京都の池袋支社に配属。保険を専業で販売するプロ代理店や、自動車整備業を本業とするモーター代理店などの皆さまとともに、顧客に安心安全を提供することを心がけ、自動車保険や火災保険など、多様な保険商品を提案するにはどうしたらよいかを試行錯誤する日々だったという。商品価値だけでなく自分の熱意を伝え取引が成立した時は本当にうれしく、大きなやりがいを感じたと話す。一方で、長年のお付き合いがあった顧客が離れてしまう瞬間など寂しさを感じる経験もあったが、それらの積み重ねが「お客さまや代理店の皆さまに寄り添い、信頼関係を構築する大切さ」につながったという。

平成7年の入社以来、営業16年、本社12年を経験。営業は東京都、秋田県、埼玉県、愛知県そして三重県。本社は営業推進と秘書、グループ会社のSOMPOひまわり生命経営企画の3部門を経験。現在は三重支店長として県内全6カ所の支社および営業所を担当している。

「代理店の皆さまとともにマーケット、お客さまから支持、評価され一人でも多くのお客さまとお取引ができること」が目標。そのためには社内の人材育成が必要不可欠と話す穴山さん。担当者と穴山さんが取引先へともに提案に赴く「同行指導」、3カ月に一度、テーマを決めて提案の実演を大会形式で行う「支店ロープレ大会」などを通した人材育成に尽力しているほか、三重支店独自の取り組み「みえUP」では穴山さんのメッセージや各支社の好事例などを動画形式で月一回紹介。三重支店全体でのチーム意識の向上につなげているなど、支店全体のスキルやモチベーションの向上、取引各社との信頼関係構築を目指す取り組みは幅広い。

また、損害保険ジャパンを含めた三重に拠点のある会員会社8社が所属する日本損害保険協会の三重県会長の立場としても県における損害保険業界全体のさらなる認知を目指している。「業界の発展なくして個社の発展なし」という考えのもと、業界全体を見据えた取り組みを心がけているという。

損害保険への理解や普及を推進する「損害保険啓発教育」や災害発生時の「防災啓発リスク教育」、県警や交通安全協会と連携した「交通事故防止啓発」、そして「中小企業向けリスク啓発」といった4つのテーマを掲げ、啓蒙活動に尽力。「業界全体の発展がやがて個社それぞれの成長につながり、互いがより切磋琢磨(せっさたくま)できる環境をつくりだす。それが結果としてよりよい保険サービスを生み出し、安心安全を皆さまに提供することにつながる」と話す。
「損保ジャパン三重支店の支店長として従業員のスキルアップや、新たなサービスの創出を続けていく。そして日本損害保険協会三重県会長として、安心安全を提供できるような取り組みを通し、三重県の皆さまに評価をいただけるよう努力していきたい」と展望を語った。

略歴: 昭和47年東京都生まれ、法政大学卒業後、平成7年に旧日本火災海上(現損害保険ジャパン)へ入社、東京、秋田、埼玉、愛知など多くの地域での営業、営業推進や秘書などの本社業務を経験した後、三重へ。昨年4月に損害保険ジャパン三重支店長に就任、今年6月、日本損害保険協会三重県会長に就任。