’04 「歴史に、先人に学ぶ好機」

アインシュタイン旧住居にて

 三重県民の皆さま、読者の皆さま、新年明けましておめでとうございます。

 今回で九回目となります私の新春のあいさつでございますが、回を重ねるごとに、日本の先行きが重苦しさを増すばかりとなってきています。新春にふさわしい明るい話題で、あいさつを締めくくれるか心もとない次第です。

 愛読する中国史の歴史家、宮崎市定氏の著作に「大唐帝国―中国の中世―」があります。これは後漢から三国時代を経て五胡十六国、そして、南北朝、隋、唐の建設と崩壊までを流麗にして達意の文章で描いた書であります。

 後漢の崩壊を記すところが、あまりにも現代の日本に酷似していると、旅先の車中で読み返し、戦慄(せんりつ)を禁じえなかったのです。試みに抜き出してみますと、「谷間の時代」。

 いわく、「谷間の時代」という章立ての下に、「腐敗する古代帝国」「崩れゆく地方自治」「家族ぐるみの猟官運動」「するべきものは宮仕え」「権力者は富み人民は貧す」「金づまり」「荘園が流行した」(今でいう第三セクターでしょう)、「悲観論の系譜」「濁流、清流を呑(の)む」「人民蜂起」「混乱の幕ひらく」―といったものです。自説に都合のよい項目を取り上げたのではという批判は甘んじて受けます。しかし、全二十四巻に及ぶ宮崎市定全集の中で、これほど現在の世相と似通った個所が頻出するのはここをおいてはありません。

 昨年の十二月八日の開戦記念日の際にも、「なぜマスコミは真実を伝えることができなかったか」の反省が出されていました。現在は戦時中でいうと昭和何年ごろにあたるのかとも。昭和十九年ごろには日本海軍は組織的な戦闘はできなくなっていたのだから、このころ降伏していればあれほどの惨禍は引き起こさなかったのではないかという考え方がそこにはあります。現在の状況は昭和十九年ごろと似ているように私には思われます。当時も「このままでは大変なことになる。しかしまあ何とかなるだろう」と、皆さまは考えておられたようです。

 構造改革は遅々として進まず、既得権益者は利権を離さず、市町村合併も前には進まず、欧米大国は日本企業を虎視眈々(たんたん)と狙っているのはご案内のとおりです。

 ひたすら、モノづくりにまい進してきて、成功してきた日本でしたが、中国をはじめとする途上国の追い上げが、昨今の企業倒産の主因のひとつであるのはご承知のとおりです。いまさらモノづくり以外に付加価値を創出せよといわれても、たとえは悪いですが、カニに縦に歩けというような話の気味があります。

 それでは私たちはどうすればよいかといえば、歴史に学び、先人に学び、考え抜いて行動するしかないとしか言えません。

 冒頭で申し上げた旅先とはスイスの首都ベルンのことです。ここでアインシュタインの住まいを訪ねました。彼は世界遺産に指定された旧市街のビル、日本風に言えば十五坪ほどの2DKの一室で、相対性理論を考え完成させたのです。

 一九二二年に大国日本の夢を去り、「小日本主義」への転換の必要の論陣を「東洋経済新報」誌上で、当時の政府と軍部の弾圧に屈せず張られたのは石橋湛山氏でした。

 先哲は「伸びんと欲すれば縮まざるべからず。高く飛ばんと欲すれば深く学ばざるべからず」と喝破しています。

 今こそ、謙虚さと高潔さを取り戻しつつ学ぶ絶好の好機ではないでしょうか。