日本の漫画週刊誌ビッグコミックに三十五年近く連載されている人気コミックに「ゴルゴ13」というサスペンス漫画があります。暗殺・狙撃の天才で20~50万ドルを報酬にしています。
新聞広告で連絡をつけた依頼者と対面して、暗殺理由に納得して引き受けることにしたら、主人公ゴルゴ13は「着手金として報酬の半金をスイス銀行の口座に振り込め、暗殺成功後、残りの半金を振り込め。口座番号はこれだ」と指示するのが毎回の物語の導入部であります。
「報酬はスイス銀行に振り込んでもらおう」という「ゴルゴ13」ことデューク東郷は、なぜ笑えるか。
このマンガが日本人一般に与えた「スイス銀行」という誤ったイメージは恐ろしいほど深い影響力があるのではないでしょうか。幸い、スイス人にとっては「ゴルゴ13」はナンセンスコメディのマンガであるとの理解のようです。主人公デユーク東郷がしかめっ面を終始一貫崩さず、大事なスイス銀行の口座番号を初対面の依頼人にすぐ告げるのですから。おまけに口座番号の数字部分は56513であるのです。いまだスイスの金融筋から、マンガにクレームがついたとは寡聞にして聞きません。今後はどうなるかは心配な気がしますが。
今回は二つのことを報告させてください。ひとつはスイスのプライベートバンクの口座についての一端。二つ目には預金者の素性についてです。
スイスにはスイス銀行という銀行はありません。大手銀行としてはクレディスイスとUBS銀行グループ(UBSAG)があります。
チューリッヒ駅を背にして左右のエルメス、バリー等々のブランド店街のウインドーショッピングを楽しみながら、バンホフ通りを歩くと、路面電車トラムの回旋する広場に出ます。広場を囲んで存在するのがクレディスイスとUBSAGの二つの建物です。日本の都市銀行の本店を知っている方から見ると信じられない程小さな建物です。クレディスイス銀行を例にとりますと、四階建て一部五階建ての建築に過ぎないのです。ただし、電車通りからも五階の天井に吊るされたシャンデリアが見えますが。
スイスという国は第二次大戦までは農業国でありました。国民一人当たりの所得は、戦前は世界最低に近いものであったようです。スイス名物とされる食べ物チーズ・フォンデューは現代の日本人が食べられる代物ではありません。古くなった油、固くなった肉とパン、ソーセージを煮込んでやはり古くなったワインを注いで食べる庶民の家庭料理なのですから。日本で言う土手鍋みたいなものなのです。この料理を見ていると貧しかった時代があったことが理解できます。現在でも国民一人当たりGDPはスイス27100ドルに対し日本は34359ドルなのです。(1999年)
そんな農業国がいつの間に、世界屈指の安定した平和な、お金持ちの市民の住む国になったのかというのがスイスの謎のひとつなのです。
スイスのプライベートバンクに口座を持つことは、誰にとっても簡単ではありません。口座を開設しようとすると紹介者は誰かということが最初に出ます。その紹介者は名前を言えばバンクの者がすぐわかる人でなくてはなりません。次に面接ということになります。
二つ目には、スイスの金融機関はマネーロンダリング機関ではないということです。怪しい金、脱税の金、政治家の金は預かりません。ことに最近テロリストの資金の所在の関連もあって、英米から番号口座について執拗な攻撃が加えられています。スイスの金融関係者はEU加盟問題等もあって口座の透明性に神経を尖らせています。
殺し屋の口座を温存しているスイスの銀行を舞台にしているマンガは、いつまでスイスの金融筋に見逃されるのでしょう。