「流星光底、長蛇を逸す」

 20代の方には実感できないことでしょうが、60歳の声を聞くころになりますと、周囲が少しずつ、確実に死んでいきます。

 友人知人が死ぬということは、自分の一部が死ぬことでありますから、寂しい思いをするとともに、自分の一部が欠けていくのです。

 20代の方も、今から30年もすれば、私の言葉が理解できるでしょうが、もちろんその時には私はこの世にはいません。

 新聞業界、メディア業界におよんだ不況の大波ですが、声をあげて既存メディア業界の危機を唱えているのは、その業界に属さないフリーライターであることも、業界にとっては周知の事実であります。

 今年はNHKで「坂の上の雲」がTVドラマ化されて放映されますが、日露戦争に際して朝鮮・中国に送られた20万人の大日本帝国軍人に匹敵する成果を上げたと、一部でたたえられているのが明石大佐です。

 彼は、単身100万円(現在価値で400億円)の現金を持って、帝政ロシアの植民地であったフインランド、スウェーデンに在して、現地の独立運動家を説き、資金と武器弾薬を提供して、ストライキ、サボタージュ、武力蜂起を教唆し、ロシア内務大臣暗殺、キール軍港での水兵の反乱、シベリア鉄道破壊に戦果をあげました。

 結果としてロシア国内の厭戦気分を醸成し、1905年1月の血の冬宮事件を引き起こす牽引車になりました。

 「流星光底、長蛇を逸す」とは1905年9月の日露講和を聞いた明石大佐の無念の声です。

 「あと半年でロシア政府は革命騒ぎで崩壊し、高額の賠償金がとれて有利に講和できたのに」と慨嘆したのです。

 この業績を彼一人でやり遂げたのだから立派です。風采は上がらず、小柄で痩身、運動音痴であったが、語学能力は抜群であったようです。

 昨年11月末からインド・シンガポールを回りましたが、各地とも消費活動は活発です。悪いのは日本だけという感は否めません。