生まれ育った関宿が誇り − 松田ゆかりさん
【「関宿の伝統や文化を継承し、大事に守っていきたい」と話す松田さん=亀山市関町新所のお食事処「会津屋」で】
関宿のまちなみの中で、生まれ育った。「子どもの頃は、冬は隙間風で寒く、ただ古いだけの家でしかなかった。まちは夜が早く、不便で仕方なかった」。
実家は築280年の旧はたご。両親はそこで理容店を営んでいた。いつも仕事で忙しい父母の背を見ながら、「絶対に商売はしない」と子ども心に誓った。
「町おこしに貢献したい」と理容店の一部を改装し、母親の堯子さん(73)が会津屋を立ち上げたのは、16年前。かまどで蒸し上げる「山菜おこわ」は、たちまち店の名物となった。
自身は念願通り、一般企業で就職し、忙しいながらも充実した毎日を過ごしていた。
転機は(36)歳の時だった。堯子さんが体調を崩し、入院したことがきっかけで、店の後継者になることを決意。「あんなに商売人は嫌だと思っていたはずなのに、自然な成り行きだった」と振り返る。
店に入ってからは、早く仕事を覚えたい一心で、堯子さんと何度もぶつかった。その中で一つ一つ、学んでいった。「今になって、母の言うことが分かるようになってきた」と笑顔を向ける。
一度離れたことで、関宿の素晴らしさを再認識するようになった。訪れる多くの観光客から「素朴で見どころがある」「情緒がある」と褒められることがうれしい。
いつの間にか、ここで生まれ育ったことを誇りに思う自分に気が付いた。「関宿の伝統や文化を継承し、大事に守っていきたい」と穏やかにほほ笑んだ。