2022年4月29日(金)

▼褒章・叙勲の時期になると、元三重県議会議長の石井三好さんがまだ2期目ぐらいだった時、藍綬褒章を受章して「こんな人らの中に自分なんかがいて、いいのかね」と言っていたのを思い出す。東京での表彰式かなんかで、著名な経営者らと一緒だったらしい。経営者は企業のため、県議は170万県民のために働いているじゃないですかと励ました

▼思いは今も変わりないが、個別事案には首をかしげることが増えた気がする。石井さんはのち叙勲も受けている。何となく叙勲が上で褒章が下の格付け意識があったのは制度の趣旨から申し訳なかった。叙勲もかつては「勲三等、四等」などと格付けされ、国民を差別するものだと批判されて、現在の区別に改められた。それでも「大勲位」など、仰々しい格付けイメージは残る。学術・芸術・スポーツなど分野を問わず、章・賞というものに内在する一つの特質ではあろう

▼今年の春の褒章が発表された。政治・行政から一人も受章者がいなかった。やはり特質の一つとされる「官高民低」に多少とも変化が表れたなら喜ばしい。黄綬褒章受章の表具師、藤原史紀氏の紹介写真で、掛け軸などが背景に並んでいる。ふすまや畳などの時代ではないのだろう。日本家屋の変遷を見る

▼藍綬の民生・児童委員、前野邦子さんが「子どもは笑顔配達人」と語っていた。いつまでも後世に残したい感覚だが、こちらはどうだろう。民生児童委員信条は「隣人愛」。互いを大切に思い寄り添える社会のことという。そう信じて30年余。〝口舌の徒〟としては、実践者の言葉に頭が下がる。