漁協組合長の立場を悪用した事件だった。員弁川に漁業権を持つ桑員河川漁協(三重県東員町)の前組合長=一審有罪判決、控訴中=が桑名市で宅地開発工事を計画していた不動産会社に対し、工事の承諾をする見返りに現金200万円などを要求した恐喝未遂事件。開発許可権を持つ市が同社に漁協の承諾をもらうよう求めたことで、同社の社長らは「市から許可をもらうには前組合長に金を払うしかない」と考え、被害に遭った。判決で市の関与が認定されたことを受け、伊藤徳宇市長は12月、市役所で会見を開き、同社に謝罪した。
県警組織犯罪対策課は6月、同漁協組合長=当時=の川﨑幸治被告(61)を恐喝未遂と強要未遂の疑いで逮捕。県警は発表当初から市の指示で不動産会社が被害に遭ったと報道陣に説明したが、市は当初「指示はしていない」と否定した。
さらに、県警は7月、県発注の公共工事を受注した建設会社への恐喝容疑で川﨑被告を再逮捕。こちらの事件も桑名市の事件と構図は同じで、県が被害業者に漁協への工事説明を求め、事件に発展した。県土整備部の真弓明光理事は「責任を感じている」と述べる一方、現時点で業者に謝罪する意思はないとしている。
津地検は同月、桑名市内の宅地開発工事を巡る不動産会社への恐喝未遂などの罪で川﨑被告を起訴。県発注の公共工事に絡む恐喝容疑については長らく処分保留としていたが、11月20日付で不起訴とした。地検は処分理由を明らかにしていない。
8月に津地裁四日市支部で開かれた初公判で、川﨑被告は起訴内容を否認。弁護側は無罪を主張した。検察側は、桑名市が不動産会社に、漁協から工事の承諾を得るよう指示したと指摘。市は取材に対し「承諾は求めていない」と改めて事件への関与を否定した。
だが、不動産会社の社長らは9月に開かれた第3回公判の証人尋問で「金を払わなければ開発許可が降りないと考えていた」「市役所も金が動くことを容認していた。市は組合長のいいなりだった」と述べ、市が“共犯関係”にあったと主張した。
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一方、川﨑被告は10月にあった被告人質問で、協賛金名目の金銭要求や意中の業者を下請けに入れるよう求めたことは認めたが「無理やりではなかった」と主張。協賛金や協力金などの名目で金銭を要求することは他の業者にも行っていたと説明した。
県によると、同漁協の平成26年8月から令和元年7月まで、5年間の協力金の総額は約2億8100万円。他の漁協と比べて突出しており、2番目に多かった伊賀川漁協の8900万円を大きく上回っている。
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12月24日の判決公判で濵口紗織裁判官は、川﨑被告に懲役2年、執行猶予4年(求刑・懲役2年)の有罪判決を言い渡した。市が不動産会社に、漁協から工事の承諾を得るよう求めた事実を認定し「被告は事実上、開発工事の承諾ができる立場だった」と指摘した。
翌25日、伊藤市長は会見を開き「被害に遭われた事業者、市民に心からおわび申し上げる」と謝罪する一方、当初から市が主張していたとおり「事業者に対して漁協から工事の承諾を求めた覚えはない」とも述べた。
「承諾を求めていないなら何について謝ったのか」。会見ではこんな質問が記者から相次いだ。伊藤市長は市の関与が認定された判決結果を重く受け止めたと説明。不動産会社に聞き取りを申し込む考えを示した。調査結果は「速やかに」発表するという。
だが、承諾の有無については「漁協の承諾は?」と市職員が業者宛てに書いたメモの存在が明らかになっている。業者側に聞き取りを行うまでもなく、承諾を求めたことは明白ではないだろうか。
県の対応も問われている。複数の建設会社などは漁協を監督する県の責任を問題視。真弓理事は「協力金は知っていたが、恐喝が行われていることは知らなかった」と述べるが、業者側は「知らないはずがない」というのが大方の見解だ。
建設業界出身で事情に詳しい東員町の水谷俊郎町長も「漁協の不当要求は昔からあり、県が業者に漁協から同意を得るよう指示するのが慣例化していた。『金を持っていけ』と言うのと同じだ」と証言している。
県や市の責任はどうなるのか。肝心な所が曖昧なまま年が暮れようとしている。だが、市の調査は年明け早々にも始まり、県議会では稲森稔尚議員がこの問題を追及している。年が明けても県や市はこの問題の対応に追われそうだ。