皆さんは「泥炭地」(でいたんち)という言葉をご存じですか? 泥炭地は枯死した植物が厳しい環境の下で十分に分解されず、泥状の炭の一種となって堆積することで形成されます。
この泥炭地ですが、「温暖化の火薬庫」などという、ありがたくない呼ばれ方をしています。なぜなら、乾燥したり火災を起こしたりすると、大量の温室効果ガス(二酸化炭素やメタン等)が放出されるためです。泥炭地は赤道周辺から北極圏まで、気候帯にかかわらず広く分布していますが、蓄積している温室効果ガスの総量は、化石燃料の消費に伴う年間排出量の100年分に匹敵するとさえ言われています。
この泥炭地ですが、最近、イギリスの大学などの研究によって、「地球の片肺」と呼ばれるコンゴ盆地に、なんと世界最大規模の熱帯泥炭地が分布していることが判明しました。このため、コンゴ盆地の保全に対する国際社会の関心が、これまでにも増して高まりを見せていますが、コンゴ国内では、保全対策どころか、ほとんどの人が泥炭地という言葉すら聞いたことがありません。そんな中、現地では森林伐採がどんどん進み、さらには埋蔵されている石油を採掘する話まで持ち上がっています。
こうした国内外の泥炭地を巡る温度差を少しでも小さくし、保全に向けた機運を盛り上げていこうと、私と同僚は当地で初めてとなる国家泥炭地会議を開催することを思い立ち、次官に企画書を書いて快諾を得ました。
会議の準備には数カ月を要しました。「泥炭地」という全く新しいテーマについて、政府職員からNGO、国際機関まで100名を超える関係者リストを作成し、彼らの出席を得ることは容易ではありませんでした。
そして当日…開会あいさつを行う予定だった次官が出張先からの飛行機の遅延で会合に出席できないといったハプニングがありましたが、国外含め多数の参加者を得て活発な議論が行われ、押せ押せの中、何とか無事にイベントを終えることができました。また、その模様は当地のTVやラジオなどでも報道されました。
会議後、参加者アンケートの結果を集計したところ、何と全体の約8割が5段階評価で「4」以上を付けてくれました。主催者への気遣いを差し引いても及第点は得られたと、ほっと安堵(あんど)しました。
9月上旬、アフリカ開発会議(TICAD)のための東京出張から戻った私に同僚からうれしいメールが入りました。八月に発足したばかりの新内閣の政府プログラムに「泥炭地の保全」が明記されたとのこと。それだけではありません。9月下旬にニューヨークで開催された国連気候行動サミットの各国演説で、チセゲティ大統領が「コンゴ盆地の泥炭地保全の重要性」について言及したといった知らせも舞い込みました。
最近話題の南米アマゾンの森林火災問題を見ても分かる通り、地球規模課題は途上国自らの強い意思なくしては決して解決することはできません。野心的な会議でしたが、一定の貢献が果たせたことをうれしく感じました。今後は具体的な対策の検討と、そのための資金調達に取り組む必要がありますが、これはさらに難題です。「地球の片肺」での泥炭地保全に向けた取り組みは、まだ緒に就いたばかりです。