【北牟婁郡】三重県紀北町の特産品「くき漬け」が苦境に直面している。食品衛生法改正に伴い、6月から漬物の製造販売には「営業許可」が必須となった。昨年9月にJA伊勢がくき漬け事業から撤退した中、事業者は存続の道を模索している。
「さみしいね、昔から食べているのに」。地元で親しまれる郷土食の存続が危ぶまれ、同町相賀の主婦(58)は肩を落とした。くき漬けはサトイモの一種「ヤツガシラ」の茎を塩や赤シソで漬け込んだ漬物で、夏になると同町では各家庭の食卓に上る。
高齢化や後継者不足で生産量は年々減少しているが、令和3年6月の食品衛生法改正が追い打ちをかけた。改正前は県への「届け出制」だった漬物の製造販売が、保健所による「許可制」に。3年間の経過措置も今年5月末に期限を迎えた。
許可を得るには、食品の安全を確保する国際基準「HACCP(ハサップ)」に沿った衛生管理が義務づけられ、作業区分に応じた仕切りの配置▽素材を洗浄する専用シンクの設置▽手指で触れないレバー式蛇口の導入―などが求められる。
JA伊勢は長年、農家からヤツガシラの生茎を買い取り、紀北支店の加工場(同町相賀)でくき漬けを製造してきた。昨年は千袋を製造したが、施設の老朽化や台風被害によって600万円超の改修費が必要になり、採算の見通しが立たず撤退を決めたという。
JAの撤退を受け、同町船津のNPO法人「ふるさと企画舎」は今年、ヤツガシラを生産する農家の支援に乗り出した。町内にある3軒の農家から生茎を買い取り、自らの加工所で製造することで、JAに代わる、農家の新たな受け皿となった。
同法人は、地域の食文化を後世に残そうと、平成22年からくき漬け作りに取り組んでいる。同24年に加工所を稼働させ、栽培から発送までを手がける。今夏は製造販売に専念し、買い取った計760キロの生茎を漬け込んだ。
加工所はレバー式蛇口や水受けを設置し、既にHACCPに対応している。当初から保健所に相談した上で建てたため、改修費は10万円ほどに収まったという。住居の台所などで作る農家も多いが、100万円単位の出費が必要で「これ以上投資はできない」と製造を断念する動きも見られる。
同法人の田上至理事長(62)は取材に「今あるものを互いに利用し合い、協力するのが理想の形」と語り、栽培と製造を「分業化」することの重要性を説いた。広い畑や栽培技術を持つ農家と、基準を満たす加工所を持つ法人の「両輪」で進むことに活路を見いだしている。
一方、事業が抱える課題も多いという。特に「赤字が続いているのが現状。単価を上げる必要がある」と指摘した。もうかる仕組みを作ることで、小さい事業者を守れるほか、若者が事業に参入しやすくし、新しい作り手を生みたい考え。
国には「伝統的な食文化が消えることに危機感を持ってもらいたい」とした上で「もっと助成金を受給しやすくしてほしい」と望む。町に対しては「くき漬けを含む特産品の現状を把握し、存続を考えるための組織が必要だ」と訴えている。
県漬物協同組合によると、原材料費や電気代の高騰の影響も大きく、事業者は厳しい状況が続いているという。田中一久専務理事(66)は「事業者は零細企業が多い。事業が継続できるように工夫し、同業者の中で情報を共有し合うことが大事」と話している。