大観小観 2025年2月26日(水)

▼「動物は死ぬから嫌」という母の主義でペットを飼ったことがなく、従って「ペットロス」とは無縁だが、スポーツ観戦ではしばしば似た経験をした。川上、別所、長嶋、王などに胸ときめかせて少年時代は野球に熱中したが、引退とともに心に穴が開き、その後の野球界の推移にはとんとうとくなった

▼大相撲も同じ。栃若時代に幼年期を送り、柏戸、大鵬の激突に一喜一憂したが、2人の引退後は千代の富士登場まで空白が続き、その間に位置する北玉時代、すなわち北の富士と玉の海が競ったころはほとんど記憶にない。北の富士に注目したのは、理事長選挙に絡み、あっさり相撲協会を退職した時だ。どろどろした権力闘争の中で一陣のさわやかな風が吹いた気がした

▼NHKの解説者に転じ、その辛口批評に酔った。傾聴していた舞の海が取り口を細かく分析してファンを納得させるのに対し、北の富士は有無を言わせず大なたを振り下ろす。肉を切らして骨を断つ爽快感があった

▼本紙『追想 メモリアル』欄で追悼している。関脇だった貴乃花が土俵際で弓なりに粘って倒れる前に、押し倒した北の富士が先に手をついたが「かばい手」として勝利した世に名高いかばい手論争について、後年「あの日は芸者さんと飲みに行く約束で、顔に傷をつけたくなかった。俺の顔のかばい手だった」と周囲を大笑いさせたという

▼情報化時代になって本音や裏話が真偽不明で飛び交い、何の疑いもなく心酔する英雄は少なくなった。北の富士は間違いなくそんな少数派の一人だった。