自転車で観光地を周遊する「サイクルツーリズム」を地域振興に役立てようと、三重県の東紀州地域で定着に向けた動きが活発化している。官民一体で環境整備に取り組み、列車や観光施設への自転車受け入れなどが進む。令和10年度までに「サイクリスト憧れの地」を目指す東紀州の今を追った。
東紀州は、温暖な気候や起伏に富んだ地形、豊富な地域資源などサイクリングに適した環境に恵まれる。同地域を縦断する国道42号は、令和3年度に国が指定したナショナルサイクルルート「太平洋岸自転車道」の一部をなす。国際自転車ロードレース「ツール・ド・熊野」も開催される。
サイクリストには一定の知名度がある一方、サイクルツーリズム受け入れ地としての実績不足は否めない。実際、サイクリング活用の気運が高まった令和4年度のレンタサイクル利用者数は525人で、1日当たり約1・4人にとどまる。受け入れ体制の充実などが課題に挙がっていた。
東紀州の5市町や国土交通省、東紀州地域振興公社らは3月、サイクルツーリズムの推進や自転車の快適な通行空間を整備する「東紀州自転車活用推進計画」を策定。各機関は役割に応じて令和10年度まで、観光・スポーツ▽受け入れ環境▽安全・安心▽健康―の4分野の強化に取り組む。
東紀州地域振興公社は今年、サイクリストが快適に過ごせる「サイクリストにやさしい施設」の登録を開始。5市町にある23の観光施設、紀宝町を除く4市町にある11の宿泊施設を認定した。空気入れの貸し出しや自転車の屋内保管ができる。10年度までに60施設の登録を目指す。
昨年度に作成した15のモデルルートや沿道の風景を紹介するポータルサイトも来月末までに開設。自転車関連の動画を投稿する登録者数6万人のユーチューバー「サイクルガジェットTV」のアヤさんに依頼し、現地で自転車イベントや「やさしい施設」を取材した特集記事も公開する。
JR東海は5、6月に計10日間、熊野市―新宮駅間で、車内に自転車を持ち込める「サイクルトレイン」を実証運行。10月から来年2月まで、紀伊長島―新宮駅間に延長して実施している。同社は取材に「通年運行はダイヤや利用率、沿線自治体の声を考慮し、慎重に判断したい」と話す。
こうした動きが追い風となり、東紀州全体でレンタサイクルの導入が加速している。七つのレンタサイクルステーションに設置した台数は、電動アシスト自転車「Eバイク」30台を含む計44台まで増加。御浜町阿田和の道の駅「パーク七里御浜」などにサイクルラックの設置も進む。
ハード(設備)面が強化される一方、各市町の格差も浮き彫りに。貸し出しは「約7割が熊野市内」(同公社)で、利用が少ない他自治体の現状は厳しい。本年度は御浜町で設置台数がゼロになったほか、先月から紀北町観光協会でEバイクが導入されるも、16日時点で利用者はいない。
同公社の濵口圭・次長兼観光課長は「各市町で格差が生じるのは、非常に難しい問題」とし、公社が地域全体の旗振り役を担う考えを示した。推進計画は「やったという実績ではなく、成果につなげることが重要」と強調。各機関と連携しながら環境を整備し、リピーターの獲得を目指す。