伊勢新聞

2024年11月21日(木)

▼師と仰ぐ夏目漱石について、芥川龍之介が「(誰も)先生の狂気を知らない」と書いているという。英国留学の孤独な下宿生活で、漱石はうつ病を発症したとされる。漱石の小説に「探偵」などの言葉が唐突に出てくるのはそのためといわれる

▼半世紀ほど前の学生のころ、卒論で漱石を選び、小説、評論を読んで深遠さにたちまち後悔させられるとともに狂気に憧れた。凡人のままで届く境地ではない。脳内構造を組み直さなければ理解の入り口にも到達できないのではないかと考えたが、実現には至らず、憧れのまま今日に

▼畿央大(奈良県)の高田恵美子教授(学校保健学)らが同県内の不登校経験者29人を含む高校生47人を調査した結果、不登校を経験した高校生は経験していない生徒に比べ、音という周囲の刺激や他人の気分に対する感受性がより高いことが分かった。7段階に分けて気分を尋ねたところ、明確にそんな傾向が表れたという

▼学校環境の改善などで支援の充実が図れるというのが高田教授らの結論で、それはそれで大切だが、音への感覚過敏がそれによって失われてしまうものでもあるまい。「美術や音楽に深く感動するか」「微細で繊細な香りや味などを好むか」など「美的感受性」に関する質問に明らかな差は見られなかったというが、過敏な感覚を磨く教育の成果を否定するものではあるまい

▼後世優れた才能を発揮する天才は、しばしば幼年期に常人と違う行動が見られる。不登校生の感覚過敏に、凡人としては多少、うらやましさを感じる。