月1営業、行列のできるそば屋 紀北町「そば蔵旭屋」、地域の味で活性化 三重

【手打ちそばを堪能する常連客=紀北町十須のそば蔵旭屋で】

【北牟婁郡】三重県紀北町十須の下河内地区に、月に一度しか開かないそば屋がある。県産そば粉の手打ちそばを求め、開店前から数十人の客が列をつくる。記者は営業日の12日、店舗を訪ね、運営者らの一日に密着した。

過疎化が進む同地区を活性化させようと、地元や周辺自治体の有志らでつくる「下河内の里山を守る会」が平成22年から運営。町から借りた築130年超の旧旭屋旅館を改装し、「そば蔵旭屋」をオープンした。

同地区は9月末時点で3世帯5人(男性2人、女性3人)が暮らし、全員が高齢者の「限界集落」といい、昭和30年ごろをピークに急激に人口減少が進んだ。昔はツヅラト峠を越える登山客らでにぎわっていたという。

団体は同地区に店を構えるまで、町内外の各地で「出張そば屋」を開いていた。約20年前に県産業支援センターの職員から店舗の紹介を受けたメンバーらは「自然が多くて景色が良く、落ち着く場所」と即決した。

この日は、クマアラート発表の影響もあり、約3カ月ぶりに開店。路上にまであふれた客が一斉になだれ込み、あっという間に満席になった。客を呼び込む声を合図に、調理場ではそば打ちや天ぷら作りが始まった。

そばを打つのは一般社団法人「全麺協」が認定する段位取得者。全員が未経験から始め、勉強会や自主練習で技術を磨いた。県産そば粉で打ったそばは「コシがあっておいしい」「香りがいい」と評判を集めている。

1・5キロ超のそば粉に水を絡めて練り込み、厚みを調整して包丁で切った。三段の新居成介さん(74)は「水回しが難しいが、練習あるのみ。お客さんがおいしいと思ったそばが、最高のそばだと思う」と力を込めた。

天ぷら作りでは会長の橋本三保さん(83)自らが調理場に立ち、カボチャやレンコンなどの具材を衣にくぐらせて油で揚げた。「地域の人においしいものを食べさせてあげたい一心でここに立ち続けている」と話した。

開店した3時間で町内外の約70人がそばを注文。夫婦や家族連れ、友人グループなど幅広い年代が来店し、地域の味を堪能した。店頭で販売する自家製こんにゃくや寒天、みそなどを目当てに訪れる客も多かった。

地元の友人らと訪れた尾鷲市の奥川千佐子さん(70)は「地域の食材を使って手作りしているのがいい。そばも天ぷらもおいしく、遠くから来る価値がある」と話した。

「元気があるうちはずっとやり続けたい」と橋本さん。時折、調理を他のメンバーに任せ、満席になった店内に目を向ける。「元々あった旅館のように、もっといろんな人が集まる拠点になればいいね」と目を細めた。

店は毎月第2土曜日に営業。8、12月は休み。