伊勢新聞

2024年8月20日(火)

▼実名での証言は「国内では初めてではないか」と言われている。坂口力元厚生労働相が三重県立大(現・三重大)の医学部生だった1950年代に同大学の産科婦人科の「先生に頼まれ」て、不妊治療(AID)で人工授精するための第三者精子を回提供した、と共同通信の取材に答えた

▼当時は「親のため」という考え方が一般的で、子どもの出自についてほとんど考えられていなかったという。子の出自を知る権利について「どこまで提供者に求められるものか、自分の中では考えが割り切れていない」。厚労省経験者としては、いささか歯切れが悪い気がする

▼石坂洋次郎の青春小説『あいつと私』の主人公の母親は昔、優秀な血統の子どもを得ようと、夫とは別の男性と関係し主人公を生んだ設定。週刊誌連載(昭和35―6年)。主人公には秘密にされているが、夫を含めみんな知っている。当時はまた、戦死や病死などで夫を失った妻が夫の兄弟と再婚することも珍しくなく、筆者の隣家もそうだった。子どもは2人。親らが話しているのでそれと知ったが、子どもの目には家族としての違和感はなかった

▼坂口元厚労相は「精子提供者の名前を相手側に明かすことは絶対にない。成功した時のみ報告する」と言われたと言い「名前などを明かすことになれば提供者は確実に減るだろう」。匿名なら増え、実名なら減るという問題ではなかろう。生殖科学は人間の尊厳を補完するものでありたい

▼第三者提供精子を全大学病院が認めない現状は健全な医療と言えるかどうか。