伊勢新聞

2024年7月15日(月)

▼お笑い好きの言語学者、金田一京助に地方講演のエピソードがある。腕によりをかけてジョークを連発したが、聴衆はニコリともしない。がっかりして自分のつたなさを主催者にこぼしたら、主催者は言ったそうだ

▼「笑ってもよかったのですか。東京から偉い先生がくるから失礼があってはならない。笑うなどはもってのほか、と皆に徹底しておりました」。この話は、日本人の笑いというものをうまく伝えている気がする。「笑う門には福来たる」など、日本人は古来、笑うことが好きな国民だが、一方で、白い歯を見せるななどの処世訓もある。公式の場での冗談は不謹慎とされた

▼苦虫をかみつぶしたような顔を緩和するためにユーモアが発達したと言われる英国などとは違う。あまり発言せず、笑顔を浮かべる日本人は、外国人からは薄気味悪く見られた。山形県が議員提案で「笑いで健康づくり推進条例」を成立させた。1日1回笑うことを定めている。罰則はない

▼日陰の身だった笑うことが市民権を得た感じだが、不謹慎などの伝統もあり、さまざまな議論が飛び交っているらしい。もともと笑いと病には不可思議な関係があり、落語を学んで自身の医療機関で患者に披露する医者がいることが話題になったりもした

▼老子は道を説いた相手が笑顔を見せた場合は理解していない証拠とした。講演会の聴衆に事前に笑うことを厳命するようないやらしさはあるが、笑って損した者はなし、の言葉もある。笑顔が思わず浮かぶ施策と二人三脚なら、ユニークな条例ではある。