2023年10月16日(月)

▼毎週日曜日放映のNHK杯テレビ将棋トーナメントの15日は永瀬拓矢九段対三浦弘行九段の対決だったが、録画のせいだろう、永瀬九段の肩書きは王座のままだった

▼11日の王座戦を藤井聡太名人が制し、世は初の全八冠を獲得した若き絶対王者の誕生に沸く。川端康成に「名人」の小品があり、囲碁の方だが、敗れた名人の寂寥(せきりょう)感を活写している。初代実力制名人の木村義雄14世名人も、敗れた場で報道陣がどっと新名人に駆け寄るなど、喧噪(けんそう)の中で一人取り残され、自分がもう名人でないことをひしひしと感じる述懐があった

▼NHK杯戦は、「負けない人の将棋とはこういうものか」と解説者の木村一基九段が驚嘆する受けの妙手の連発で永瀬九段の快勝だったが、この録画を見る永瀬九段の心境を、ちょっと往年の名人に重ねてみた

▼勝負に勝者と敗者がいるのは当然で、その心境は似たようなものだろうが、升田・大山時代、同じ一門の兄弟子だった升田幸三は大勝負になると大山康晴に負けた。修業時代、升田がいくら追い詰めても、山は投げない。上目遣いに升田を見る。その目がそろそろミスをするころだと語っている。大勝負になっても大山が苦慮するたびにその目を思い出し、なにをとむきになってミスをしてしまう。升田は大山に負けて悔しいという気持ちはそれほどなかったらしい

▼二年前のNHK杯戦で、藤井は深浦康市九段にいいところなく負けた。首をうなだれ、肩をすぼめ、しょげかえっていた。戦績も深浦が上で、その攻め将棋に対応できないといわれた

▼その翌年、藤井は優勝した。