2023年7月17日(月)

▼戦前の東宝映画『馬』は東北の農村を舞台に、馬を軍馬として売るまでの少女とのふれあいを描いて評判だった。戦後しばらく我が家周辺も農家で、必ず馬小屋があり、ニンジンを食べる姿を飽きずに見続けた。育てた馬を市場へ売りに行く姿を歌って昭和45年に大ヒットした三橋美智也の『達者でナ』も、そうした日本人の郷愁と結びついたからではないか

▼それから半世紀。馬を農耕に使う農家はなくなった。北海道の車窓から見える牧場の馬は競走馬で、馬と人間の距離は大きく変化した。県の無形文化財、桑名・多度大社の『上げ馬神事』の馬が酒を飲ませたり、殴ったりして興奮させていると関係者が動物愛護法違反の容疑で書類送検されたのが12年前。今年は同神事で骨折した馬が安楽死させられることが動物虐待だと批判された

▼時世時節である。2メートルほどの土壁を勇壮に駆け上がる成否で作物の豊凶占い、若者が斎戒沐浴して乗り手として臨む―などの人間中心の視点だけでは多くの人の理解を得ることができなくなった。6月の事故防止対策協議会で馬をたたく行為をやめるよう、12年前と同じ指摘を県から受けたのも関係者としては痛手だろう

▼骨折した馬が安楽死させられるのは英国の競走馬などでも同様というが、神事の馬には別の視点があってもいいものではないか。大社側は県や市と改めて協議し、内容を見直す方針を決めたという。大社の担当者は「動物愛護の観点から、人も馬も安全な形で実施したい」

▼要は、伝統行事の精神「人馬一体」を、未来にどう引き継ぐかの問題である。