伊勢新聞

<まる見えリポート>免許返納後の移動手段 車販売店が「ウィル」提案 松阪市は「バス無料デー」

【WHILLに乗って段差を乗り越える実演をする磯田社長=松阪市大塚町のホンダカーズ三重本社で】

高齢に伴う運転免許証返納の増加が見込まれる中、ホンダカーズ三重(本社・松阪市大塚町、24店舗)は昨年4月、WHILL社(東京都品川区)が開発した一人乗り近距離移動手段「WHILL(ウィル)」の販売を始めた。取り扱いは県内の自動車販売会社で初めて。一方、同市はバス利用を呼びかけるバス無料デーを昨年実施。想定外の観光利用が多く、今年も続ける。

電動の車いすウィルは歩行者扱いで、歩道を走行する。前輪に組み込んだローラーを回して車体を左右に回転でき、小回りが効く。高さ5センチの段差を乗り越える性能がある。分解して自動車に積み込める。

WHILL社は平成24年設立のベンチャー企業。令和3年から全国の自動車ディーラーと連携を始めた。扱う販売店は年々増え、先月90社に達した。購入の3分の1が家族から利用者本人への贈り物という。

同社は「地域と自動車ブランドの垣根を超えて全国に広がっている」とアピール。背景に、「免許返納の加速、公共交通機関の路線縮小に伴う『生活の足』の制限、いつまでも元気で暮らしてほしいと願う家族」を挙げている。

ホンダカーズ三重の磯田雅伸社長は「他界した父は車いす生活になっても、とにかく外へ出ようとして、危ないから出るなと私が止め役だった。今から考えると外に出たかったんだろうと思う。移動する自由は非常に重要」と振り返り、「免許返納は非常に大きな決断で、それを勧めるのは重い一言。生活のパターンを変えようと、笑顔で言える代替え手段をきっちり提案したい」と思いを語る。

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高齢化社会で期待される公共交通は、自動車の普及と人口減少で利用者減の厳しい状況に直面している。

県内の乗り合いバス輸送人員は昭和39年度をピークに減少傾向が続き、令和元年度はピーク時の20%以下まで落ち込んでいる。さらにコロナ禍が追い打ちをかけ、同2年度は前年度に比べ約30%減少した。

松阪市が同2年2月に実施した市民意識調査では、同市が運営するコミュニティバスの利用頻度について、75・5%が「利用したことがない」と回答している。市内を運行する路線バスは全て赤字となっている。

そこで同市は昨年11月20日(日曜日)・25日(金曜日)、バス利用のきっかけづくりにしようと、三重交通の路線バスや市のコミュニティバスに無料で乗車できる「路線バス運賃無料デー」を設定。補正予算で375万円組み実施した。

利用者は開催日の前週金曜、前々週日曜と比較して、金曜が1・6倍、日曜が2・8倍に増加した。

日曜は市街地循環や松阪駅と三雲地域を結ぶ路線がある「鈴の音バス」が5・2倍に激増。三重交通路線バスは2・4倍に増えた。

特に路線「飯南波瀬」は242人から868人へ358%増。同市商工政策課によると「増車対応するほど三重交通路線バスで道の駅飯高駅を訪れる方が多くなった」。

他に乗車率が跳ね上がった路線はいずれも松阪駅発で、松阪農業公園ベルファームを通る「阿坂小野」の562%増や、山間部へ至る「宇気郷」の476%増。無料デーを生かして遠くに出かけたようだ。

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竹上真人市長は「日曜は雨だったにもかかわらず、鈴の音バスの利用が五倍に増え、すごい」と受け止めるとともに、「やってみると思いのほか、小さい子どもを連れたお父さんお母さんが循環バスに乗って、一周回って降りる。バスに乗ることが目的の面白い現象」と評価。

今年度当初予算案に171万円を盛り込み、再び「路線バス無料デー」を日曜日の一日開催する。

竹上市長は「普段行かない地域に出かけていただく一番いい方法。効果的に考えると観光利用にできる。大きなイベントがない日曜を選んで実施する」と説明する。

予算説明資料は「子どもや高齢者だけでなく、普段、自動車で移動する住民を含めて利用喚起を促す」に加え、「買い物などのお出かけの機会の創出による経済の活性化を図る」の文言が入る。派生効果も捉え、公共交通の復活につなげたい。