【津】三重県津市出身の日展会友書家、中島磐根さん=神戸市=はこのほど、米寿を記念して作品集を刊行した。名前の由来となった歌を詠んだ柿本人麻呂を祭る島根県益田市高津町の高津柿本神社に奉納した作品を中心に載せている。A4判、80ページ。
中島さんが5歳だった昭和15年に両親は病死した。法政大学を卒業後、大阪府立高校の教諭に就いた。
父の達源は伊勢新聞社に勤める傍ら短歌誌「鳥人」を主宰。万葉集にある柿本人麻呂の挽歌(ばんか)「鴨山の磐根しまける吾をかも 知らにと妹(いも)が待ちつつあらむ(岩を枕にして行き倒れている私なのに、知らずに妻は待っていることであろうか)」から命名された。
作品集は同神社に奉納した約30点と書の歩みを振り返る約25点で構成。妻節子さんの華道作品や父達源の短歌も紹介している。
両親について、「女学校の先生として勤務していたある日のこと、新聞記事の取材に来ていた父を接待する茶を校長室に運んだ時に芽生えたもの。これが小説化するにふさわしいと言われた、当時の恋愛ストーリーの発端らしい」「日常には、歌と愛が満ちていたであろう」としのんでいる。
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