全国各地で横領事件が後を絶たない。三重県南伊勢町では6月、町立病院の会計業務を担当していた男性主査(38)が、総額1億5500万円以上の現金を着服していた事実が発覚し、全国を騒然とさせた。前代未聞の巨額の横領事件はなぜ起こったのか。
同町によると、男性主査は上下水道課に勤務していた平成29年4月―31年3月末までの間、水道事業名義の口座から現金を引き出す形で着服。また令和元年5月―4年6月までの間には、出向先の町立病院名義の口座からも現金を着服したとされる。判明している範囲で、被害額は総額1億5500万円以上に上るとみられている。
男性主査は平成16年4月、旧南勢町役場に就職。教育委員会への出向、地域サービスセンター生活環境室勤務を経て平成19年4月に旧下水道課に異動。統合により上下水道課に再編後は平成31年まで勤務し、移転を経て新規開院を控える同病院へ出向した。
町立病院は、五ケ所浦にあった旧病棟の老朽化や津波浸水区域内に位置していたことなどを理由に、高台にある現在の船越に移転が決まった。病院債や過疎債を財源に総事業費約19億円をかけて2カ年にわたる工事を進め、令和元年8月に竣工、11月から供用開始となった。
男性主査は病院出向後、日々の診療費の入金や会計処理、財務諸表の作成をほぼ一人で担当。こうした立場を利用して診療費の一部を抜き取ったり、正式な手続きなく口座から引き出すなどの手口で着服を繰り返し、「預かり金」などの勘定項目で過不足の帳尻を合わせていたとみられる。
周囲の評判は、「自分から話しかけるタイプではなく無口。ばか話をしていても自ら輪に入ってくることはなかった。いわゆる『オタク』のような部分もあったが、知識はあり仕事はそつなくこなすタイプ」。特に会計やパソコンに関する知識は豊富だったという。服装や車などに金をかけている様子はなく、発覚直前まで、誰一人着服を疑う人物はいなかったとされる。
当初は会計処理の入力業務を別の職員が担当していたこともあったが、一度ミスが発生し、それを男性主査が手直ししたことをきっかけに、「知識がない人はさわらないで」と、周囲に呼びかけていたという。
こうした状況に現場も危機感がなかったわけではなく、4月の人事異動を境に会計業務を分担できる人材育成は図っていたという。
一方、伝票と帳簿との数字の照らし合わせ作業はほとんどされておらず、上司のチェック体制も十分と言える状態ではなかった。丹羽健病院事務長は「財務諸表と預金残高の最後の数字が合っていたので見逃した。正しいという思い込みが強かった」と肩を落とす。毎月1回、監査委員による出納検査も実施されていたが、そこでも不正を見抜くことはできなかった。
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発覚のきっかけは令和3年度の決算手続きだった。多額の現金の動きについて説明を求めた際、本来あり得ない「長期前受金」を言及したことで疑惑が浮上。最終的に自ら町長に着服の事実を告白したという。
男性主査は出勤停止処分を経て6月28日付で懲戒免職となった。これまでに合計約640万円の被害弁済があり、残額については「一生をかけて返済する」と話しているという。
町では業務上横領容疑を視野に刑事告訴の準備を進めており、既に町内在住の男性(73)も津地検へと告発状を提出している。事件の全容解明は今後、捜査機関の手にゆだねられることになる。男性主査は現金の使途について「推しのアイドルのグッズ購入やネットゲームへの課金に使った」などと話しているというが、厳しい追及が必要となる。
上下水道課時代は事業者からの請求書を改ざんして偽の書類を提出して現金を引き出していたという。共通するのは現金管理体制とチェック体制の甘さだ。
町は「最低限の確認があれば防げた事案」と不備を認め、再発防止に向けたチェック体制の強化を進める考えを示しているほか、外部監査委員に意見を求めるため、近く条例案を作成して議会にはかる方針を示している。同じ過ちを繰り返さないためにも、他の自治体や組織も含めて管理体制を再確認する必要がある。
【巨額の横領事件の舞台となった町立南伊勢病院=南伊勢町で】