伊勢新聞

2022年2月17日(木)

▼姉を絞殺したと自首した38歳の弟が、動機を「頼まれた」と言っているという。サスペンス好きとしては、すわ殺し屋かと早とちりしたが、頼まれたのは殺された本人から。やったはいいが怖くなって自首したと供述しているらしい。事実であれば嘱託殺人か。殺す前に怖くなっていたらと悔やまれる

▼頼まれたら殺せるものか。理解できない心理だが、文学作品では森鴎外の『高瀬舟』。護送されるのは弟殺しで島送りになる罪人だが、長患いの弟は兄の負担を嫌って自らかみそりで喉を突くが死にきれない。かみそりを引き抜いて早く楽にしてくれと必死の目で兄に訴えかける。願いをかなえた兄は、それほどの重罪に値するか、と護送役人は考える―

▼血の海の中で苦しむ名作の弟ほど、姉は絶望の中にいたということか。ほかに方法はなかったのか。嘱託殺人で思い出すのは六、七年前の伊勢市での同級生殺人事件。高三男子が元同級生の女子を包丁で刺殺した。二人は仲良しで、女子に自殺願望があり、男子は頼まれて女子を救う手段として殺害したという

▼殺害場所は恋愛小説の舞台。アニメ化、映画化でファンが訪れる聖地になっていた。男子生徒は一度は翻意させたとも言う。裁判では「(女子は)自殺した」という主張を繰り返した

▼青少年が陥る現実と幻想が交錯する世界を垣間見る気がする。津家裁は「精神的に追い詰められ正常な判断が困難な心理状態」として検察官送致せず、矯正教育を命じた。姉を絞殺した弟は東京在住で、前日に来県している。散文的で身もフタもない気分にさせられる。