伊勢新聞

2022年1月15日(土)

▼今期限りの引退を表明した名張市の亀井利克市長が、今後について「農業をしたい」とし「肩書きを外して軽くなり、名もなく、貧しく、美しく生きていきたい」。市長を引退したからといって「名もなく」なれるかどうか

▼「貧しく」には、ほど遠かろうという気がするが、美しく生きることに口をはさむ筋合いはない。『名もなく貧しく美しく』は昭和36年封切りで、当時評判だった映画の題名。文字通り貧しい、耳の聞こえない夫婦が戦後の混乱期を懸命に生きる姿を描き、高峰秀子と小林桂樹が夫婦を好演した

▼亀井市長は当時10歳前後か。同時代で感銘を受けたとも思えぬが、熱心な障害者支援活動の中で、接することがあったのかもしれない。いつぞや鈴木英敬知事(当時)との「一対一対談」では、防災・危機管理対策として「自助」の徹底を呼びかけた。この言葉が障害者ら社会的弱者にどう響くかに思いをいたすことはなかったか

▼防災と社会保障とのどちらの政策でも使われる言葉で、菅義偉氏が首相就任で自助、共助、公助の順と表明したのは後者。自己責任論とともに弱者へ冷たい施策を象徴するとの受け取り方が強く、その風潮を助長するといわれた

▼引退理由は「最大のテーマだった財政再建にめどがついた」。市長就任直後にけん引した伊賀6市町村合併が住民投票で頓挫。厳しい財政にようやくめどをつけたということか。5選出馬の理由は「私にしかできないことがある」

▼具体的には「市立病院の産婦人科開設」を挙げた。同科開設の形跡はない。任期中も、思い相半ばではあったか。