「感染者の具体的な訪問先は」「勤務先はどこにあるのか」。三重県が感染状況を報道各社に説明する日々の「レクチャー」では、記者から行動歴に関する質問が相次ぐが、多くが「言えない」と返される。
新型コロナウイルスの対応では、情報開示の課題が浮き彫りとなった。県は「対策に必要な情報は公開している」としつつ、感染者の勤務先や立ち寄り先などを具体的に公表したことはほとんどなかった。
その根拠は感染症法にある。同法は厚労相と知事に対し、感染症に関する情報の積極的な公開を義務づける一方で「公表に当たっては個人情報の保護に留意しなければならない」と定めているためだ。
情報開示と個人情報保護のバランスをどう保っていくのか―。コロナに限ったことではない難題だが、県が今回の公表に当たって一定の解決策として導き出したのが「感染者の同意を得ること」だった。
ただ、感染者から行動歴などの公開に同意を得るのは並大抵のことではなかった。感染症対策本部の担当者は「ただでさえ感染者は大きなショックを受けている。説得しても多くは断られてしまう」と話す。
一方、そもそも情報開示に同意が必須なのかという疑問も残る。国は不特定多数と接触した場所など、感染拡大を目的とした情報の開示は「関係者の同意を必要とするものではない」と7月に通知していた。
情報開示を巡る問題は「不十分さ」だけではなかった。8月には、県が事実とは異なる情報を公表していた問題が発覚。感染が判明した診療所勤務の看護師や医療事務員を「会社員」として発表していた。
この問題でも県は「診療所側の同意が得られなかった」と説明したが、診療所は会社でさえなかった。診療所がクラスターとなったことを受けて職業を訂正したが、一部からは「虚偽発表」と批判された。
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一方、その県庁も感染の「当事者」となることに。雇用経済部で先月末以降、部長(55)ら9人の感染が相次いで判明し、県庁で県内16事例目となるクラスター(感染者集団)が発生。庁内に衝撃が走った。
感染者の判明当初、部の幹部らが最も危惧したのは部外への感染拡大だった。県は庁内でのクラスター発生を「最大の危機」とする通知を発出。全職員に対して一切の会食を禁止したほか、出勤も制限した。
一方、雇用経済部では感染者の判明だけではないもう一つの〝危機〟に直面していた。「なぜ職場に来なければならないのか」「末端まで情報が届かない」。職員から対策への不安や不満が相次いでいた。
さらには部長の感染判明後に出勤した職員の感染が判明したことで、部内の不満は高まった。ある職員は、かつて庁内で相次いだ事務処理ミスを招く背景となった「風通しの悪さ」が続いていると指摘した。
この事態に部の幹部が差し出したのは「謝罪」だった。ある日の朝礼で頭を下げ、率直な意見を寄せるよう呼び掛けたという。この幹部は「われわれに何が足りていなかったのかを身をもって知った」と振り返る。
現時点では家庭内感染を除き、雇用経済部以外に庁内で感染者は確認されていない。「最大のヤマ」とされるクラスター発生2週間後の18日までに庁内の感染拡大を防ぐことができるか。県民の信頼回復に向けた奮闘は続く。