▼「監」という役職が三重県庁で増えたのは昭和50年代終わり。特別の行政課題に対応するポストで、部長、次長、課長などをラインと呼ぶのに対し、スタッフといわれた。高齢化社会に対応する次長級の対策監を福祉部の中に設けたのもそのころで、犬猿の仲とされる2人が部次長と対策監に就いた
▼初のポストに張り切る対策監が計画策定のため東京のセミナーに出席しようとしたが、次長が頑として認めない。重要性を決めるのは対策監の権限だが、事務的な出張許可は次長の職務。越権だと対策監は非を鳴らしたが、次長いわく。セミナーの日程に前後して、対策監の娘の結婚式が東京で開かれるという
▼結婚式に出席するための旅費を出張費で賄おうとしている、そういう疑いが持たれるセミナーに参加すべきではない、というのだ。旅費を浮かすために出張先周辺の親族、知人の家に宿泊するのは割に一般的だったから、そこまで厳格に指摘するのは2人の関係だからとは思ったが、公職にある以上、後ろ指をさされることには敏感であるべきだという気もした
▼県庁の新型コロナウイルス感染者の増加が続く。検査対象は雇用経済部から環境生活部全員へと拡大。クラスター(感染者集団)の可能性は強まり、総務部長は「最大の危機」として全庁に対策を指示した。結果の重大性を考えると、端緒となった雇用経済部長が東京出張に伴い、前日2日間を東京で家族と過ごしたことはどうか
▼東京出張した知人に対し、医者の娘から連絡がきた―「2週間は訪ねてこないで」。県の危機管理能力はやはり凡庸だった。