伊勢新聞

2020年9月23日(水)

▼俳優の藤木孝さんが自宅で死亡した。自殺と見られ「役者として続けていく自信がない」と書かれた遺書が残されていたという報道もあった。80歳

▼名優緒形拳さんは色紙を頼まれると「尚半」と書いたという。「まだ半分ぐらい」「道半ば」の意味。芸の道の深遠を物語るから、役者人生50余年の藤木さんの「自信がない」もその意図するところは縁なき衆生の理解の及ぶものではあるまい

▼新型コロナウイルスの影響で芸能界も窒息状態。藤木さんも3月以降仕事が少なく、自宅で過ごすことが多かったという。テレビでは芸能人が視聴者を励ます企画をよく見かけたが、大麻や覚醒剤使用騒ぎが繰り返される世界でもある。特別精神のたくましい人ばかりの集まりでもあるまい。気も滅入ってこようというものでもある

▼全国の医師にコロナ禍の患者への影響を尋ねたら4割近くが「精神疾患」を挙げた。「悪夢を見る」「うつ状態」「常にコロナにおびえている」などの回答が多かったという

▼藤木さんは役者になる前、ロカビリー歌手として一世を風靡した。昭和36年の『24000のキッス』は当時の中学生男子らを驚かせた。それまではばかられたキッスの言葉が明るい曲調で何度も出てきて、以後平気で口に出せるようになった。振り返れば〝革命的〟歌だった

▼人前でも行動に移せるようになったのはそれから何十年後か。今でもそう見かける風景でもあるまい。日本が欧米より低い感染数、死亡率なのはキスやハグの習慣がないためという説がある。アジアでは高いのも、そのせいかもしれない。