伊勢新聞

2020年8月13日(木)

▼志摩市の県道でパトカーの追跡を受けて逃走した軽乗用車の男性が的矢大橋の欄干を乗り越えて転落して死亡した事件で、鳥羽署の副署長が「署として適正な追跡であったと考えている」。サスペンスや刑事ドラマで何度も聞いたせりふで、お決まりの言葉なのかと改めて感じ入る

▼実際はどうか。ドラマの場合は、建前に過ぎなかったことが明らかになり、時にはその中にドラマのテーマを左右する重要なカギが隠されていたりする。事実は小説より奇なりなんてことはなかろうが、十数年前、暴走族のバイクに囲まれた知人の話を思い出す。爆音をあげて疾走や蛇行運転を繰り返す集団を追い越そうとしてまとわりつかれたそうだ

▼停車したらボンネットに飛び乗られたりしたので一一〇番通報した。パトカーを見て逃走を始めたが、嘲笑した走りで雲をかすみの風ではない。パトカーも遠巻きにして、まことにのんびりしている。「どうして捕まえないんだ」と言ったら「追撃すると必死に逃げる。事故が起きる可能性が高い。ゆっくりいくしかないんだ」

▼軽乗用車の男性は60―80歳代で追跡された理由は信号無視という。事故につながらなかったのだし、重大な違反として問われる可能性も大きくなかった気がするが、なぜ逃げたか。橋の欄干を乗り越えるまでしたのはどうしてか。非日常に直面した当事者の心理は日常の中にいる者には分からない。が、警察は知り得る立場で、知るのが職務でもあろう

▼「適正な追跡であった」は当然の「署」の見解として、事実との間に横たわる謎も解明してもらいたい。