伊勢新聞

2020年4月8日(水)

▼きっかけをトチったわけでもあるまいが、緊急事態宣言発令の意向を語る6日の安倍晋三首相の顔には、このところおなじみのマスクはなかった。対して、同日のぶら下がり会見で、鈴木英敬知事は報道対応として初めてマスクをつけて臨んだ

▼安倍首相のマスクが他の閣僚に比べて小さいことが話題になった時、国民がマスク不足なのに首相だけ十分な防衛対策をしていると見られるのは避けたかったのではないかという官邸筋の話が紹介された。その伝でいけば、経営不安、感染への恐怖が深刻になる中で、少しでも安心感を与えたかったという解説になろうか

▼鈴木知事の方は「緊張感を持ってもらう」ためと自身解説している。首相と真逆の狙いかどうかはともかく、県民もトイレットペーパーはじめパスタなどの確保に走り、各地で品不足になっている。新型コロナウイルス対策の活動自粛で日常生活が激変。とりあえずできることをやるしかないと思い定めた結果が買い占めに向かう

▼不安の裏返しである。緊張感の訴えは、さらに不安をあおることと表裏の関係にある。コロナ対策は「戦争」に例えられる。戦争は、大将の顔色一つが兵士の士気に影響し、勝機を分ける。川中島の合戦で、夜討ちを肩すかしされた武田軍は、夜明けとともに目の前に出現した上杉の大軍を見て動揺する。頼山陽の詩にいわく。「暁に見る千兵大牙を擁するを」である

▼武田信玄は軍配を高く掲げ、静かに顔の正面に下ろす。動揺はぴたりとやんだといわれる。緊張感が必要な時である。同時に動揺を沈める必要のある時である。