<1年を振り返って>豚コレラ ワクチン接種承認に8カ月

「朝、豚舎に豚の様子を見に行くのが怖い」(養豚農家)。養豚農家にとってはそんな一年間だった。豚コレラ(CSF)の感染が拡大し、三重県いなべ市の養豚場でついに発生。農家らは豚へのワクチン接種を繰り返し求めたが、認められるまでの道のりは長かった。

CSFは豚とイノシシ特有の伝染病で、感染力が強く、致死率が高い。豚肉を食べても人間には感染しない。昨年9月に岐阜県内の養豚場で国内26年ぶりに感染が確認され、終息のめどが立っていない。野生のイノシシがウイルスを媒介しているとみられる。

県内41の養豚農家でつくる県養豚協会は県内でまだ感染が確認されていない2月下旬の段階で、豚へのワクチンの使用を求めていた。小林政弘会長らが県庁を訪れ、鈴木英敬知事に「養豚農家は生きた心地がせず、苦しい思いをしている」と訴えた。

しかし、その訴えが聞き届けられるまでには8カ月かかった。豚にワクチンを接種させれば、国際機関が認める「清浄国」から日本が外れ、復帰にも時間がかかっててしまう。農林水産省は豚肉の輸出入に影響するのを恐れ、ワクチン接種に慎重だった。

農水省が二の足を踏んでいる間に、県境にCSFの脅威が近づきつつあった。6月7日に県境まで約1・5キロの岐阜県側で野生イノシシの感染が確認されると、県や養豚農家の間で危機感が高まった。県は同月14日、58農場を対象に消毒命令を出した。

6月26日にはいなべ市で野生イノシシの感染を初めて確認。7月1日にも市内で感染イノシシが見つかった。感染拡大を防ごうと、県は今夏、イノシシ向けの経口ワクチンを散布した。7月に北勢3市町で約千個、8月に北勢6市町で約3300個を散布した。

しかし、7月24日、いなべ市の養豚場でCSFの感染が確認された。昨年9月以降、県内の養豚場での発生は初めてで、愛知、岐阜両県に続いて3県目だった。県は24日夜、この養豚場で飼育する豚約4千頭の殺処分に着手。28日に完了した。

当時、県内の養豚農家は「なぜ農水省がワクチンの使用を許可しないのか本当に不思議。どんな理由で打たないのか分からない」と話していた。感染拡大を受け、県養豚協会は9月、岐阜、長野、静岡、愛知の4県の養豚団体と再び鈴木知事に要望署を提出した。

もちろん、養豚農家も県も農水省が決断するまでの間、手をこまねいていたわけではない。養豚場にウイルスを媒介する野生動物が侵入するのを防ぐため、防護柵などを整備し、イノシシを捕獲するわなを設置。養豚場の周囲は消毒用の消石灰で真っ白になっていた。

結局、農水省がワクチン接種を認めたのは10月だった。内閣改造で農水相が代わり、関東地方では初となる埼玉県での感染が確認されたことで状況は一変。国の防疫指針が改正され、同月25日―11月3日の10日間、県内の70農場で約8万9千頭が接種した。

ワクチンを接種した豚は11月15日以降、順次出荷された。接種に当たっては県産豚肉の風評被害が懸念されたが、今のところ大きな価格変動はみられない。県内のスーパーの担当者は「鍋用の豚肉の消費が順調に増えてきたので安心している」と語った。

ただ、新たな脅威も迫っている。アフリカ豚コレラ(ASF)だ。ASFはCSFより感染力が強く、有効なワクチンはない。中国や韓国などで広がり、国内への侵入が懸念される。県はワクチン接種後も衛生管理水準を維持するよう養豚農場に求めている。

また、野生イノシシの感染も拡大している。今月13日現在でいなべ、桑名両市と菰野町で30頭の感染が確認された。県は来年1―2月に再びイノシシ向けの経口ワクチンを散布する予定。今夏と同じ6市町で実施し、散布量を1・5倍ほどに増やす計画だ。

イノシシの捕獲も重要な対策の一つだ。県は年度末までにイノシシ2千頭を捕獲することを目標に掲げているが、半数に届いていない。中南勢でイノシシの捕獲を強化するため、農林水産部は来年度当初予算に猟友会への補助金など約5800万を要求している。

ワクチンを接種した豚の1―2割は十分な抗体ができない可能性があるとされ、依然として養豚農家が安心できない状況は続く。国外から迫るASFの脅威を退け、再び清浄国となるには衛生管理の徹底が必要だ。この一年間以上の長い道のりになる。