伊勢新聞

<地球の片肺を守る>COP25向け悪戦苦闘

【発表後、エワンゴ教授(左)と】

「えッ、エワンゴ教授のビザがまだ取れていないだって?」アシスタントからそのことを聞いた私は思わず聞き返してしまいました。「彼は今晩のフライトでマドリッドに向けて発つと言っていたじゃないか」そう続けると、私は当地キンシャサのスペイン大使館に向かうべく執務室を飛び出しました。

今月上旬から2週間にわたり、マドリッドで開催されていた気候変動の国際会議(COP25)において、国際協力機構(JICA)は国連機関などと協力して「泥炭地」※(注)に関するサイドイベント(公開討論会)を開催しました。

イベントのためコンゴ民主共和国を代表して登壇できる者を推薦してほしい、そういった依頼が東京のJICA本部から舞い込んだのが11月上旬、それから私の悪戦苦闘が始まりました。

果たして、気候変動分野の新しい課題である泥炭地について、英語(コンゴの公用語は仏語)で堂々とスピーチができるコンゴ人を見つけることはできるだろうか…。候補者選びに苦悩する中、私は環境分野のノーベル賞と言われる「ゴールドマン環境賞」を筆頭に数々の受賞歴を持つ当地キサンガニ大学のエワンゴ教授に白羽の矢を立てました。

彼に会うのは今回が2度目。早速、彼に面談を申し込むと、よれたシャツに小さなリュックサックを肩にかけて私の前に現れました。飾り気のない、典型的な「森人」の姿に、私の好感度はさらに上昇しました。研究で多忙な日々を送っている彼が果たしてこの話を受けてくれるだろうか…一抹の不安を抱えながら彼にCOP25の公開討論会への登壇を依頼すると、「自分の研究成果をぜひ報告させてほしい」と快諾してくれました。

そうしてやっと一息ついたところに、冒頭のビザ問題の勃発です。アフリカ人、中でもさまざまな国内問題を抱えているコンゴ人へのビザ発給は、理由が何であれ決して容易ではありません。しかし、イベントに穴はあけられません。コンゴの泥炭地の現状を知ってもらうために何としても彼にマドリッドに行ってもらわないといけない、そう思った私は、JICAの支援を受けて当地のスペイン大使館に向けて、メール、レターや面会など…あらゆる手段を使ってビザの早期発行を要請しました。そして、猛烈なプッシュのかいあって、まさにギリギリのタイミングで、スペイン大使館はエワンゴ教授にビザを発給してくれたのです。

イベントは大成功でした。彼はCOP25の公開討論会というひのき舞台で、コンゴ盆地の泥炭地の現状や取り組みについて、これまでのJICAの貢献も交え、貴重な情報を発信してくれました。また、イベント後、日本から参加していた泥炭地研究の権威、北海道大学の大崎教授と、コンゴ盆地での共同研究の可能性について活発な意見交換も行われました。

その夜、ホテルに戻った私は彼にイベントの写真を携帯で何枚か送り、「素晴らしい貢献に感謝したい」と言葉を添えました。すると彼から「この成功を作り上げたのは君だ」とのリップサービスが届きました。

数年前、コンゴ盆地において発見された世界最大規模の熱帯泥炭地帯は、世界全体の年間排出量にほぼ匹敵する約300億トンの温室効果ガスを蓄積しているとされ、その保全が国際的な急務となっています。その取り組みに日本が貢献するための草の根レベルの礎を、今回の機会を通じて作ることができたのだとしたら、国際協力の専門家として、これほどうれしいことはありません。

(注)枯死した植物が厳しい環境の下で十分に分解されず、泥状の炭の一種となって堆積した地域。膨大な量の温室効果ガス(二酸化炭素やメタン等)を蓄積し、乾燥したり火事を起こしたりすると、そのガスが大量に放出されることから「温暖化の火薬庫」とも呼ばれている。

【略歴】大仲幸作(おおなか・こうさく) 昭和49年生まれ、伊勢市出身、三重高校卒。平成11年農林水産省林野庁入庁。北海道森林管理局、在ケニア大使館、マラウイ共和国環境・天然資源省、林野庁海外林業協力室などを経て、平成30年10月から森林・気候変動対策の政策アドバイザーとしてコンゴ民主共和国環境省に勤務。アフリカ勤務は3カ国8年目。