伊勢新聞

大観小観 2019年11月18日(月)

▼台風19号で10人の死者を出した宮城県丸森町で、避難を呼び掛けた町と地区との連絡調整役、行政区長の9割、55人が住民から断られる経験をした。風雨が本格化する前とはいえ、高齢者、障害者中心の声掛けだったというから避難を促す難しさがいやまさる

▼「高台で」「家族がいるから」が「大丈夫」の根拠だそうだが、中に「体が悪く、避難所に行けば周囲に迷惑をかける」というのもあったという。行政区長はどうしたか。「バカを言うな」と首に縄を付け引っ張りだせる時代でもない

▼思わずうなずいてしまう自分がいたかもしれない。東電原発事故から1年ほど後、共同通信加盟社論説会議で現地視察し、お隣いわき市長から話を聞いたことがある。現地からの避難用仮設住宅で周辺住民とのいさかいがあるということだ。「俺たちは被害者だぞ」「俺らも被害者だ」

▼東京都台東区でホームレスが避難所から閉め出されたのも台風19号の時だ。批判されたが、行き届かない避難所での長期避難となればどうなったか。先の障害者の不安も現実になる可能性は否定できない

▼ベルリンの壁崩壊30年記念式典で、メルケル独首相は人々を排除する壁がどんなに高くとも「壊れない壁はない」と話した。シュタインマイヤー大統領は社会を分断する「新たな壁」誕生を警告した

▼ダイバーシティ(多様性)社会を県は呼びかけるが、福祉避難所の運営マニュアル未整備、国の指針と現実との不適合などが東紀州で指摘されている。私たちも、心の中の排除の壁を壊したことがあったか。出発点はその認識にある。