伊勢新聞

2019年4月1日

▼ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。県の不祥事もまた絶えずして、しかももとの(=先の)例にあらずと言えようか

▼頭を下げる形は同じでも、県児童相談センターが、社会福祉法人に里親の個人情報を目的外に提供したという今回の不祥事は、近鉄名古屋駅で課長が駅員の首を絞めたり、同じ児童相談センターが入札業務を巡る複数の対応ミスを「仕様書の見直し」だと口裏を合わせて入札を中止したケースて同じではない

▼指摘された問題は2つ。1つは里親との約束以外の用途に個人情報を提供したこと。もう1つは提供先を「公的機関」だと誤って説明したこと。「公的機関」であれば無条件に個人情報提供が許されるという危うい意識が垣間見えることは指摘されていない

▼「個人情報の取り扱いに対する認識が甘かった」として、担当課長は、里親から同意を取り直すという。約束違反はそれでいいだろうが「公的機関」という説明の方はどうなるのか。「公的機関」でなくても提供は構わないということか。目先に限定した対応が、甘かった認識の延命。臭い物にフタをすることになりかねない

▼県内で大流行したはしかの問題では原因の大半を占めた研修会の主催者団体名を公表しなかったことが被害者を爆発的に拡大した。個人情報の公表を巡って「しっかりやらなければならないところであった」として「担当課と議論する」と言ったのは鈴木英敬知事である(1月)

▼結果はどうなったか。やはり同じ川の出来事だとうかがわせる。庁内で問題を共有する仕組みなどないに違いない。