2018年12月26日(水)

▼松尾芭蕉の紀行・俳諧文『おくのほそ道』の旅から300周年を記念して岐阜県・大垣から東北の各自治体が共同でイベントを催した時だったか、芭蕉生誕の地である上野市(現伊賀市)がカヤの外に置かれていたことに割り切れなさを感じていたことを思い出す

▼紀行300年を祝う各地と生誕の地は別で、カヤの外という表現は適切ではないが、最近の忍者ブームでも似た感覚にとらわれる。忍者の人気とともに地域おこしに活用する自治体が増え、忍者を観光資源に長年の実績を持つ伊賀市が埋没しそうな気がしてくるのだ

▼伊賀市が来年2月から、伊賀鉄道上野市駅に「忍者市駅」の愛称を付ける。伊賀流忍者発祥の地、「聖地」をアピールし、観光振興へさらなる誘客につなげるのが狙いという。「伊賀上野NINJAフェスタ」の観光客が過去11年間で、今年は最少だった。埋没への悩みは深刻だろう

▼伊賀鉄道は公有民営方式で運営され、駅舎の所有は市。駅名の「上野市」は合併ととともに消えた旧市名で今は駅名にだけに残る。「忍者市駅」を愛称ではなく、正式な駅名にしても構わない気もするが、そんな議論はなかったようだ。伊賀上野の伝統的地名への市民の愛着が、軽々に駅名を変更することを許さないのではないか

▼平成の大合併では合併後の自治体名がしばしば争点だった。伝統の名称を残すか、さっぱり脱ぎ捨て新しい飛躍の一助にするか、である。旧上野市が伊賀市に変更したのは、旧上野市民も伊賀上野と呼称していたから。伝統と再生のはざまに悩む伊賀市の悩みが透けて見えてもくる。