9月の台風21、24号では三重県内全域で停電が発生し、在宅で人工呼吸器を付けている患者の命に危機が迫った。定期的な通院が必要な人工透析患者らにも悪影響を及ぼした。災害弱者への対応が課題として浮き彫りとなったが、患者個人や家族らの自助に頼らざるを得ないのが現状だ。関係者は「人工呼吸器患者や透析患者らの実態を知ってほしい。知ることから問題意識の共有が始まる」と指摘する。
延べ約28万1700戸が停電した9月4日の台風21号。同日午後2時20分ごろ、意識がなく、自発呼吸ができないため家庭用電源で動く人工呼吸器を付けている伊勢市立御薗小1年、吉岡音弥君(6つ)=同市御薗町高向=宅でも停電が発生した。
音弥君は気管切開で喉につなげたチューブから酸素を得ている。停電時は人工呼吸器の内臓バッテリー(6時間)が作動。予備バッテリーもあったが、停電がいつまで続くか分からないため、母の理沙さん(40)は中部電力に連絡した。中電の回答は「各地で停電が発生し、復旧はいつになるか分からない」だった。
停電発生から4時間半後に復旧し、事なきを得たが「不安で仕方がなかった」と理沙さん。自家用車の車内電源に呼吸器をつなぐことも考えた。中電によると、台風21号による県内の停電は最大61時間半続いたという。
9月30日の台風24号では、人工呼吸器を付けて在宅生活を送る大紀町滝原の奥山廉大(れん)君(4つ)宅で同日午後8時半から丸一日停電が続き、予備バッテリーなどでしのいだ。停電のなかった母の絵理さん(34)の実家がある隣町の大台町で充電し、自宅に運んだという。
いずれの家庭も子どもが人工呼吸器を付けていることを中電に伝えていた。中電側は停電時には復旧を優先する旨を説明したが、絵理さんは「自宅近くの家は停電から6時間半ほどで復旧した。丸一日とではあまりに差がある」と憤る。
中電が停電時に復旧を優先させるのは病院や警察、消防がある地域で、個別の事情はくめないのが現状。三重支店の広報担当者は「呼吸器患者のいる地域を優先する方針はあるが、確約はできない。説明不足だったかもしれない」と話す。
行政の支援も難しい。伊勢市危機管理の担当者は「台風21号の後、在宅で酸素療法をしている人から市に問い合わせがあり、実態の把握に努めているが、個人で発電機や予備のバッテリーを用意してもらうしかない」と語る。災害時は病院も傷病者の手当が優先されるため、受け入れが可能かどうかは不透明だ。
絵理さんは「災害時は誰も助けに来られないことを思い知った。避難所でこの子のためだけに発電機を使っていいのかという悩みもある」と話す。理沙さんは「人工呼吸器患者の存在を身近に感じてもらうところから理解を深めていくしかない」と語る。
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停電の影響は、治療に電気と水が必要な人工透析患者にも波及。県内の主な透析施設でつくる県透析施設災害対策委員会の委員長を務める武内病院(津市北丸之内)によると、自家発電設備のない施設では台風の到達時間を予測し、患者の来院時間を早めたり、透析日をずらしたりすることで対応した。ただ、透析は2日に1回が理想とされ、透析日の変更は好ましくないという。
27年間、透析治療を続ける同市の黒田浩代さん(48)は「治療の間隔が空くと、それだけ体に毒素がたまり体中がむくんでくる。食事制限で調整もできるが、絶食に近い」と話す。
同病院によると、県内には昨年末現在で約4500人の透析患者がいる。停電で直ちに命の危険にさらされるわけではないが、1日透析が遅れればそれだけ体調は悪化する。東日本大震災では、治療や患者搬送の困難さから「透析難民」という言葉が生まれた。
1回の透析に必要な水は、浴槽1杯分に当たる120リットル。治療には平均4時間かかる。同病院の場合、1日当たり4万5千リットルの水が必要だ。災害時は電力だけでなく水の確保も課題となるが、行政からの支援は確約されていない。
同病院の尾間勇志透析部長は「災害時は救急に目が行きがちで透析患者の存在は隠れてしまっている」とした上で、「治療を続けなければ命が危険にさらされる実態を理解してほしい」と訴える。