伊勢新聞

2018年10月28日(日)

▼「命もいらず、名もいらず、金もいらずという人は始末に困るものなり」と言ったのは西郷隆盛だった。そういう人でなければ「互いに腹を開け、共に天下の大事を誓い合うわけにはいかない」

▼江戸城の無血開城を説いた幕末の剣客山岡鉄舟を評した言葉とされる。命を惜しみ名を売りたがる蓄財家は、逆に始末に困らないということになるか。亀山市の市指定文化財修理工事を巡る贈収賄事件で、収賄容疑で逮捕された前文化振興局長について、櫻井義之市長は「実績や能力を高く評価している。関係者にとっても大きな存在だった」

▼ああ、またかという気はする。金にまつわる不祥事が明るみに出た責任者は、おおむね付き合いやすく、評判がいい。市の関係者も「真面目で仕事熱心。逮捕は寝耳に水」。そういう人でなければ「周囲に腹を探られずに、ひそかに天下の公金をかすめ取ることはできない」ということになる

▼旧関町技術吏員として採用され非常勤の県文化財保護指導委員という。兼務ということか。合併後の新市でまちなみ文化財室長。関宿の景観保全などに尽力し、部長級の市民文化部文化振興局長へ。その道では日の当たる場所を歩いてきたということだろう。そんな〝大きな存在〟が4月から同部次長兼関支所長

▼次長とはいえ部長級は変わらぬのだろうが、現在57歳で事件当時56歳。公務員にとって退職後を考える〝魔の年齢〟である。退職金を棒に振ってまで数10万円に目がくらんだとも思えないが、腕を認める宮大工の頼みが心地よい魔のささやきになったとすれば哀れである。