伊勢新聞

2018年4月8日(日)

▼「非理法権天」は南北朝時代に南朝の忠臣楠木正成が旗印に使ったとされてきた言葉。非は理に劣り、理は法に劣り、法は権に劣りと続いて、実際の出典と言われる江戸時代以降、「長いものには巻かれよ」の規範として、時の権力者に奨励されてきた

▼非は無理なこと、理は道理、法は明文化された法令で、権は権力者の威光。天は「天道」という抽象的な概念で、法は権力者が定めるから、現実の頂点は今も昔も権力となるのだが、法は道理の中から明文化され、道理は社会の中で長年練り上げられてきたものだから、今ほどは権力者が恣意的に法を作ることはできなかった

▼明治時代には天は天皇を表すとされ、天皇が全てに勝るという思想につなげられて権力への無条件の服従心を民衆に植えつけていく。伊藤博文は「政談ノ徒過多ナルハ、国民ノ幸福ニ非ス」として批判を抑える教育施策を進言。当時人気の幸福への処世術は「世の中は左様しからばごもっとも、そうでござるか、しかと存ぜぬ」の八方美人主義を勧めている

▼このころ、権は具体的には官僚、警官、軍人を指した。同じへつらうのでも、官僚の場合は利欲を満たしてやれば利用できる存在でもあった。時代とともに権力三者の装いも、周囲の変化によって変わったものと変わらぬものを含んで今日に至る

▼片や文書を改ざんし、片や文書を隠ぺいして、庶民の代表者である国会に報告する。官僚と武力組織の民衆への意識が脈々と引き継がれてきている気がする。「長いものには巻かれよ」意識を持ち続けている民衆の代表者も少なくないようだ。