衆院解散の前夜。共産党県委員長の大嶽隆司は伊賀市にいた。三重2区の公認候補取り下げと民進党候補の一本化に向けて開いた党員らとの会議。市民連合みえと結ぶ協定書の確認や統一候補を応援する方法の検討など、野党共闘を前提に話し合っていた。
会議のさなか、大嶽の携帯が鳴った。党本部に当たる中央委員会からだった。慌てて電話に出ると、こう告げられた。「民進党が明日の両院議員総会で希望の党との合流を決める。全員が希望に行くらしい。候補者の統一はいったんストップだ」。
大嶽はあぜんとした。朝から民進と希望の合流を伝えるニュースは出回っていたが、「まさか全員が希望に行きはしないだろう」と考えていたからだ。その読みは外れた。電話を切った大嶽は議題を独自候補の擁立に切り替えた。〝突貫工事〟の始まりだった。
翌日から独自候補の擁立に向けた作業に追われたが、一週間を経て「二度目のびっくり」に直面した。民進出身の前職らが相次いで無所属での立候補を表明したのだ。これを受け、共産は1区と2区で候補者の取り下げを発表。公示まで残り四日だった。
市民連合みえと三野党が結んだ政策協定の調印式で、大嶽は誰よりも笑顔で報道陣のカメラに収まった。笑顔の背景に「安倍政権打倒」への期待があることは想像に難くないが、紆余曲折を経てたどりついた野党共闘の成立に達成感を覚えたのだろう。
野党共闘の本質は共産の候補者取り下げに他ならない。独自候補を失うという重い決断。直接のメリットもない。にも関わらず、世間では民進出身者が無所属を選んだことによって野党共闘が成立したと語られる。共産は野党共闘の上で、いわば「影の存在」だ。
それでも大嶽は不満そうな様子を一切見せずに統一候補を支援する。なぜか。離合集散の野党に翻弄された感想を尋ねると、こう話した。「うちの党はぶれない。私は共産党で本当に良かった」。激動の政界にあっても揺るがない党が大嶽の矜持なのだ。(敬称略)