伊勢新聞

2017年5月14日(日)

▼推理小説はパズルを解く楽しみに似ていると、その研究者でもある作家の佐野洋が書いていた。トリックやどんでん返し、犯人捜しが、パズルを解く過程に似ているということだろうが、サスペンスドラマファンとしては、楽しみの第一は事件を巡る関係者の心の動きである

▼愛や憎しみなど人間心理そのものを正面から取り上げたドラマはデフォルメされどこか持て余すが、事件の構成要素として描かれる心理は、俳優の力量次第で人間味を過不足なく浮き彫りにする。事件を起こさざるを得なかった苦衷、窮地がそこそこに描かれているサスペンスは娯楽作品として楽しい

▼そんな小説家の創造力のかけらもない、本筋のミステリー愛好家からは外れたサスペンスファンながら、広島中央警察署で生前贈与を口実にした特殊詐欺の証拠品の現金八千五百万円が消えた事件はおもしろい。どんな手口(トリック)を使ったのか、誰が犯人か―正統なミステリーファンに近づく気がする

▼そして持ち前の犯罪者心理への興味。内部犯行説が強いようだが、だとすると、大金が本来の保管場所である生活安全課から会計課の金庫に移されるのをどんな目で見ていたか。いつの時点でかっさらってやろうと決めたか。きっかけは何か。文字通り盗っ人の上前をはねる。オレ(警察官)がやらずして誰がとでも思ったか

▼現金移動を知る署員の聞き取りから捜査は始まるのだろう。その過程で不審者が出てきたら―。両課の上司、署のトップ、県警本部長らの心境にも興味は尽きない。楽しみとしてではなく、お気の毒なこととして。